私たちの物語 〜宮古島の隠れた癒しスポット〜
宮古空港前給油所(有限会社恵和商会)は、ただ車に燃料を入れるだけの場所ではありません。 ここには、祖父の代から続く激動の歴史と、地域や家族を守るための決断、そして思いがけない小さな「奇跡」から生まれた、たくさんの物語が詰まっています。

第1章:激動の時代と、家族の試練
当店のルーツは、宮古島で初めて給油所を開業した祖父・恵一に遡ります。 特攻隊の生き残りであった祖父の指導は、いわゆる軍隊方式。若き日の社長は、そのあまりの厳しさに反発し、一度は給油所から離れました。
しかし、新しい命を授かったことを機に、生活のために再び祖父の会社へ戻ります。そこで任されたのは給油所ではなく、養鰻(うなぎ)やエビの養殖といった別事業でした。時代の波や技術の壁に阻まれ、安定した収益を上げることは困難を極めました。さらに、誕生したばかりの三男に「てんかん」の症状があることが判明します。

第2章:愛する息子と、家族のための「独立」、そして変わらぬ想い
頻発する発作。いつ学校から連絡が来るかと気を揉む日々。救急車にお世話になることも少なくなく、家族の疲弊はピークに達していました。
「このままではいけない。家族を守らなければ」 そんな切実な想いから、のれん分けという形で独立し、新しく立ち上げたのが現在の「宮古空港前給油所」です。
オープン当初は風評などに苦しむ時期もありました。しかし、当時は500m先(信号1つ先)に旧宮古空港ターミナルの入り口があった好立地にも恵まれ、宮古島観光の発展とともに少しずつお店は成長していきました。その後、現在の新空港ターミナルへの移転に伴い車の流れが激変し、再び苦難の時期が続きましたが、近年になって宮古島市役所が当店の300m先に移転してきたことで、再び活気を取り戻すことができました。
激動の波に翻弄されたのは立地だけではありません。石油業界の大きな再編も重なり、当店の看板も「ゼネラル」から「エッソ」、「エクソンモービル」、そして現在の「エネオス」へと、幾度ものマーク替えを経験してきました。 しかし、見上げる看板の色や名前が変わっても、私たちが大切にしてきた「温かく笑顔になれる空間」と「お客様への感謝」、そして「地域愛」という根本は、創業時から何一つ変わっていません。
お店の成長と生活の安定により、三男も満足な治療を受けることができ、今ではすっかり発作も治まりました。社長がお酒を飲むと必ず「今があるのは、応援してくれたお客様のおかげだ」と長話(ながちび)をするのは、この会社が「障がいを持つ息子と家族を救ってくれた大切な場所」だからです。 その感謝を胸に、現在でも知的障がいを持つ子どもたちやご家族との交流を大切にし、同じような境遇のお客様が安心して立ち寄れる場所でありたいと願っています。
第3章:小さな命が運んできた、世界でここだけのステーション
家族を思いやる温かい雰囲気は、やがて思いがけない形でお店に「奇跡」をもたらしました。
お子様連れのお客様に喜んでもらおうと、お店に双子の子うさぎを迎えました。その愛らしい様子を撮影して何気なく動画サイトに投稿したところ、まるでうさぎが「漫才」をしているようだと、アメリカを中心に世界中でバズったのです。
日本のテレビや雑誌でも紹介され、「さすが癒やしの島、ミラクル宮古島!」と、国内外からレンタカーでお客様が訪れるようになりました。苦労の末に立ち上げた給油所が、いつしか世界でもレアな「癒やしの給油所」として親しまれるようになった瞬間でした。

そして、現在。
今ではうさぎたちの「癒やし」を受け継ぎ、お客様が笑顔になれるようなサービスやキャンペーンを実施しています。何気ない宮古島のドライブの途中で、給油や洗車のついでに、どうぞほっと一息ついていってください。
また、台風の多い宮古島において、災害等の停電時にも自家発電機で営業を継続し、地域の燃料供給を停滞させないという強い使命も持ち続けています。
私たちはこれからも、お客様と「癒やしと笑顔」、そして「日常」を共有できることを喜びに、皆様のご来店を心よりお待ちしております。
